国を挙げて紙巻タバコから電子タバコへの移行を推進する、電子タバコ先進国イングランドのPublic Health England(イングランド公衆衛生庁、以下PHE)から発表された「電子タバコの有害性は喫煙と比べて95%低い」の理由や背景についての英文記事の翻訳をご紹介させていただきます。
出典: How is vaping 95% safer than smoking?
イングランド公衆衛生庁(PHE)とは
Public Health England(PHE)は、2013年4月1日に営業を開始した英国保健省の執行機関。引用: Wikpedia : Public Health England(PHE)
2015年、PHEは「電子タバコは喫煙よりも少なくとも95%安全である」と公式に宣言している。2018年にPHEが「PHEのヘルスハームキャンペーン」という新しいキャンペーンを開始する際に、同庁はこの事実を声明で再確認している。しかし、「有害性が95%低い」という部分は世界中に伝わった一方、電子タバコ使用者のほとんどはPHEがこの声明を発表するに至った科学的事実について知らない。本稿はこの点について探るものである。
長いプロセスを経て数多くの研究を行う
物語は2014年にPHEが電子タバコの健康への影響を調べることを目的とする報告書[1]の編集を命じたことから始まる。1年後の2015年、ノッティンガム大学の英国タバコ・アルコール研究センターのジョン・ブリットンとイルゼ・ボグダノヴィカにより執筆された報告書が同庁に提出された。PHEは報告書の内容を検証したのち、「現在市場に流通している電子タバコ製品の使用に関連する害は著しく低く、喫煙よりもはるかに低く、電子タバコの蒸気の受動吸引の健康リスクは非常に低い可能性が高い」と正式に発表した。
報告書での指摘事項は?
報告書ではまず、「電子タバコには少量のホルムアルデヒドやアセトアルデヒド等の有毒物質その他が含まれるが、これらの物質の含有量は従来型の紙巻きタバコに比べてはるかに少ない」と指摘している。
以降、同報告書は電子タバコによるハームリダクションを喫煙と比較して説明を続け、他のニコチン代替療法(NRT)の代わりに電子タバコを使用する利点を記述している。「電子タバコは喫煙に似た形態でニコチン送達を行うもので、医療機器ではなく社会的にも許容されるイメージがあり、煙のリスクなしに喫煙者としてのアイデンティティを保持することも可能となる」
「よってNRTとは異なり、ニコチン送達の形態をさらに紙巻きタバコに似せるよう改良できれば、これらの製品はタバコよりもニコチンユーザーに選ばれる製品として大衆の支持を獲得しうる潜在力を秘めている」と、報告書の執筆者らは続ける。「医療サービスとしてではなく個人のライフスタイルの選択として、安全性がはるかに高い代替ニコチン送達源としての電子タバコは、現在既存のアプローチに抵抗を示している喫煙者からも受け入れられる大きな可能性を秘めている」
その後、PHEは独自の報告書[2]を発行した。「これらの結論は、電子タバコの害が紙巻きタバコの害の5%未満と試算した国際専門家チームによる検証結果[3]、および電子タバコのエアロゾルにはタバコの煙にみられる有毒物質の一部が含まれるもののその含有量ははるかに低いとする別の国際チームによる関連文献の検証結果[4]と一致する。電子タバコの健康への長期的な影響は不明だが、電子タバコは紙巻きタバコと比べ、使用者または受動吸引者への害はあったとしてもはるかに少ない可能性が高い」。
95%の数字の由来
「少なくとも95%安全」の根拠をより良く理解するためには、「薬物に関する独立科学評議会により招集された国際専門家パネル」(the Independent Scientific Committee on Drugs)が実施した別の研究を検証してみる必要がある。この論文の研究者らは「ニコチン含有製品の使用に関連するさまざまな種類の害の相対的重要性の多基準意思決定分析モデルを開発」した。
12製品を分析したところ、14の有害基準が定義され、うち7つが使用者自身に、残り7つが受動吸引者に及ぶ害があった。研究論文執筆者らは各基準の全製品について、所与の基準で最も有害と定義される製品を100、無害と定義される製品を0とする評価基準を用いて、全世界での平均的な有害性をスコアリングした。
上記に明確に示されるように、ENDS(電子ニコチン送達システム、電子タバコ)は5未満のスコアとなり、喫煙の害の約5%となっている。言い換えれば、「電子タバコは喫煙よりも少なくとも95%安全である」ということになる。
PHEは関連科学文献の検証後、紙巻きタバコによるものと比較して、電子タバコによる危険性は「非常に低い」可能性があると結論付けた。
ホルムアルデヒドとアクロレイン
研究結果の正確性を担保するために、英国政府は電子タバコの蒸気に含まれる物質、特にホルムアルデヒドとアクロレインについても調査した。
これらの物質の排出量を調べた最初の研究は、ジャパンタイムズが2014年に最初に取り上げた日本の研究で、それによると「様々な電子タバコで試験を行った結果、うち1種が紙巻きタバコの10倍のホルムアルデヒドを排出した」とされた。
しかし、PHEは、これだけの量の有毒物質は電子タバコの液体を過度に加熱した場合のみの現象と説明し、結局問題の研究論文を公式に取り上げることはなかった。
個人用ヴェポライザーの通常使用では有毒物質の排出量は非常に低い
その数ヶ月後の2015年1月、類似の研究論文[5]が発表され、当該論文によると第3世代の個人用ヴェポライザー使用時において、エアロゾルに含まれるホルムアルデヒドの量は「同デバイスを最大出力で3~4秒間使用したとき、紙巻きタバコの5~15倍になる」とされ、いわゆるドライヒットの原因となるとされた。
しかしこれに対してPHEは、これらの結果は喫煙機を用いた実験で得られたものであり、実際の使用において、これほど高い出力でこれほど長時間吸引する者はいないと説明した。さらに、電子タバコ使用者がドライヒットを経験すると、その不味さに蒸気を吐いてしまうが、喫煙機では味を検知することはない。したがって、電子タバコの液体を過度に加熱した場合に、こうした有毒物質が排出されることは否定できないが、この状況で繰り返し吸引する使用者はいないだろう。
電子タバコ吸引とドライヒット
こうした研究結果は数ヶ月後、アテネのオナシス心臓外科センターおよびギリシャ・パトラス大学のリサーチフェローであり著名な反喫煙派の専門家、コンスタンチノス・ファルサリノス博士の研究[6]により検証、確認された。博士は2011年以来電子タバコに関する実験および臨床研究を行っていた。博士が研究で個人用ヴェポライザーの使用条件を再現すると、高濃度のホルムアルデヒドが検出された。
ファルサリノス博士は研究に参加した電子タバコ使用者のうち、喫煙機と同じ条件で吸引できる者はいなかったと報告している。ドライヒットが生じたことにより、全員が蒸気を吐きだしたためだ。さらに博士は、通常使用においてエアロゾルに排出される有毒物質は「検出されないか、無視できるほど少量」であるとした。
アクロレインについても同様に、他の科学者ら[7]が電子タバコ使用者は「尿から検出されるアクロレインとクロトナルデヒドが紙巻きタバコ喫煙者と比較するとはるかに少ない」と発表している。
注:ヴェポライザーが喫煙よりも高いホルムアルデヒド量を排出するのは、劣悪かつ非現実的な条件下で使用されるときだけである。通常使用では、電子タバコが排出する蒸気に含まれる有毒物質は「検出されないか、無視できるほど少量」である。
電子タバコ吸引と肺の問題
電子タバコ使用により起こる健康上の問題を特定したもう一つの主要な研究論文[8]は、2015年2月に行われたものだ。研究チームはマウスを箱に閉じ込めて電子タバコのエアロゾルに晒すという実験を行い、電子タバコの使用は「肺の炎症および感染症、さらにはがんも引き起こす」と結論づけた。
PHEはこのときも当該研究にいくつかの問題があると指摘した。第1に、電子タバコは喫煙に関連するリスクを減らすための道具としてのみ捉えるべきだという点である。そのため、電子タバコが引き起こす問題に焦点を当てようとする研究では、同時に紙巻タバコの喫煙が引き起こす問題との比較を行うべきであるとの主張である。そして、この研究ではそうした比較が行われていなかった。
この研究の第2の問題点は、電子タバコの蒸気に晒されたマウス群は、対照群に比べ「はるかにストレス度が高く」、ストレスは「細菌やウイルスの反応」に影響を及ぼすことが知られている。そのため、この研究結果は信頼性に欠けるとみなされた。
さらに、マウスは閉じ込められていたことで「度重なるニコチン中毒にも苦しんだ」。英国保健省によると、マウスの体重の減少、免疫力の低下、早期死亡は「フリーラジカルへの暴露よりも、長期的なストレスとニコチン中毒に起因する可能性がはるかに高い」と説明すると共に、電子タバコのエアロゾル中に含まれたフリーラジカルが「紙巻きタバコの含有量の1000分の1」であったという同研究の結果も併せて取り上げた。
フリーラジカルとは何か?
フリーラジカルとは不安定で反応性の高い分子である。簡単に言えば、体内の酸素は不適合電子を伴う単一原子に分かれている。問題は、電子は対になって働くため、1個で孤立した電子(フリーラジカルと呼ばれる)は対になる電子を探して、その過程で細胞やDNA、タンパク質にダメージを与えてしまうことである。
フリーラジカルは紙巻きタバコの煙に大量に含まれ、様々な癌や心血管疾患、皮膚の老化の原因となることが知られている。
同年、別の研究[9]で同様の結果が発表された。しかし、英国保健省は「この研究でも、紙巻タバコの喫煙との比較が行われていない」と指摘した。
注:現在報告されている電子タバコ使用時の症状[10]は、口内の局所的な刺激と乾燥のみである。気道に関しては、研究[11]では喘息持ちの喫煙者の症状に改善が見られたとしている。また別の研究[12]では、電子タバコを1.5年間使用した後の人体に有意な影響はみられなかったとしている。